私はこの罠に掛かった狸を忘れてはいけない

私はこの罠に掛かった狸を忘れてはいけない

畑の端に狸がいた。おそらくこの狸は罠に掛かってから数日が経過している。こちらが近寄っても一つでも身動きをとる体力はなかった。
よく観察すると、かすかにでも動かせる箇所は 耳 鼻 目のようだ。これらの感覚器官のみをかすかにピクと動かしていた。 
しばらく観察をしていると、目を開けているのもやっとのようで、こちらが動かなければ目蓋が落ちてくるのに逆らえないようだ。

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この狸と目をじっと合わせているとその目は 人を恨むわけでもなく 自分のうかつさを後悔するわけでもなく
エサを食い、水を飲み、子に乳を与える時と何一つ変わらない目をしている。

罠を解いてやろうと思った。
しかしこの狸は手を伸ばせば、したたかに私の手を噛むだろう。
そしてその傷を放っておけば、その傷から入った菌によって私は死ぬかもしれない。
この憔悴しきった死にゆく狸のその目は、そう思わせるだけの十分な強さがあった。IMAG2253

 

私はこの罠に掛かった狸を忘れてはいけない